金の食器


金ピカな王様は、ベランダから高級そうな酒瓶を片手に我が家へやって来る。

何度か「不法侵入は辞めて下さい」と言ってみたが、そんな事はお構い無し。


帰る時は玄関から出て行くのなら、来る時も玄関から入れよ!と、思うのだが…人間、慣れというのは恐ろしいもので…数回続けば驚くことも少なくなった。



金ピカな王様は昼夜構わず我が家にやって来る。

それも見計らった様に、ご飯時ばかりに…


今日も遅い昼食の準備が出来た頃、彼は当たり前の様に居間で寛いでいた。



「ギル様も一緒に食べるー?」



台所から声を掛ければ、気だるく「献上を許す」と返ってきた。

すっかり客人用の食器は金ピカ専用になってしまったな…と、小さく溜め息を吐きながらテーブルに料理を並べる。



「いただきまーす」



机を挟んだ向かいにお互い座り、両手を合わせる。
何となく彼が先に料理を口にしてから、自分も食べ始める。



「……」


「………」



美味い!とか、腕を上げたな、なんて言葉は貰えない。いつも淡々と箸を進めるだけの金ピカ。
何か一言くれても良いんじゃないか?と思っても、口には出さない。

その代わりに…不味い!とか小言もないので腹が立つ事は無いが…こうも無反応だと、作り甲斐が無い。



「…ん」



そんな事を考えていると、目の前に空のグラスを置かれた。



「あぁ、はい…」



冷蔵庫から麦茶の入ったピッチャーを取り出して、適量を注ぐ。どうぞ、と金ピカの前にグラスを置けば、一口飲んでから再び無言で料理を食べ始めた。

テレビで見た熟年夫婦の再現VTRを思い出しながら、ついでに自分のグラスにも麦茶を注いだ。

何となく、今しか無い…と、沈黙を破る。



「あのー…」


「なんだ?」


「何でギル様は、我が家に来るんですか?」




その一言に、彼は少し不機嫌そうに此方を一瞥する。



「この我が自ら出向いてやっているのだ、何が不服だと言うのだ?」


「いや、不服とかじゃないけど…うちより教会のが広いし居やすいんじゃないかなー、って」


「フン…」




あー…何か凄く蔑まされている様な視線を感じる。
やはり面倒な事を言ってしまったな、と多少の後悔をしながら、とりあえず冷めない内に料理を口に入れた。

ある程度お互いの皿が空に近付いてきた頃、彼が誇らしげに腕を組んで言い放った。



「いいだろう、教示てやる事を光栄に思え」


「…はぁ」



あからさまに上から目線で金ピカが更にキラキラ度を増して口を開いたのを、適当な相槌を入れて食事を進めた。



「理由はこれだ…」



金ピカは麦茶を飲み干し、机に片肘を付いて体を少しだけ前へ乗り出した。さっぱり意味が分からず、


「……麦茶?」


と答えれば


「戯け、貴様が今日作った物はなんだ?」


と返された。

ますます理由が解らなくなってきたが、これ以上目の前の金ピカを怒らせると後が面倒なので聞かれた通りに答える。



「ヒヨコマメと牛肉の煮込みカレー…」


「食材を申してみろ」



そんな事を聞いてどうするんだよ、と思いながらも脳内からレシピを引き出して指折り確認する。



「えと…牛肉、ヒヨコマメ、玉ねぎ、ニンニク、生姜、マッシュルームに、すりおろし林檎、トマト…隠し味でローリエとヨーグルト…あとカレーの素だけど」


「そこまで口にして何か気付かぬのか?」


「え?……解んない、です。」


「…得意の常套的で無駄な知識はどうした」


「無駄って…」



ハァ…やれやれ、と目の前で深々と溜め息を吐かれた。

そんな事を言われても全く解らないのだから仕方がない。せいぜい思い当たるとしたら、金ピカの好物でも入っていたとか?
いや、だとしたら毎回やって来る理由にはならないだろうし、知識どうこうまで言わないだろう…一体何が理由なのだろうか?


気が付けば眉間に皺を寄せて、本気で答えを探していた。
すると金ピカから先程よりも若干柔らかい声が掛けられる。



「貴様が好んで作る物は、総じて我が故国により広まった食材が多い…と、此処まで申せばよかろう?」


「へ?そうなんだ、知らなかった…」




確かに自分はエスニックやヨーロッパ系の料理をよく作るが、まさかそれが彼の『故郷の味』に引っ掛かっているとは思いもしなかった。


というか…
知識の量には限界があるし、いくら金ピカの文明に興味があるとはいえ【神話】と【文化】では同じ地域・時代のものでも、全くの別物だ。

何でも知っていて当然だと思うなよ。

と、けして顔にも声にも出さずに突っ込みを入れる。



「でもさ、ギル様なら食べたいと思ったら財布に物言わしてもっとイイモノ食べれるんじゃないの?」


「フン…前にも伝えたはずだぞ『高価な品が全てとは限らぬ』と」


「あー…うん、けどさ…」



彼の財力を以ってすれば、自分専用のレストランなりシェフなり用意して、好きな時に食べられるのではないだろうか?

態々こんな一般庶民の家に上がり込まずとも…
そう言おうとした所で、先に金ピカが口を開いた。




「それに、貴様は我の口にするものに《ビーシュ》なぞ入れまい?」


「…ビーフシチュー?」



正直うまく聞き取れなかったため、確認の意味も込めてそれらしい単語を疑問系で呟いてみた。



「知らぬとも良い…」



どうやら違ったらしい。
再び目の前の金ピカは深く溜め息を溢して席を立った。
だが不思議と…席を立つ間際、彼は珍しく心から安堵した様に笑っていた気がした。



________




後日、《ビーシュ》という単語が…
毒草で有名な『トリカブト』だという事を知った。


いつ、誰が、どうやって作ったのか解らない、至高の食材で贅をつくした料理。

暴君として国を統治していた彼だ、命を狙われる事も少なくはなかっただろう。


きっと、あの金ピカは餓えていたんだ…


顔の見える人間が、自分の為に、気持ちを込めて作った料理…安心して口に出来る温かみのある食事。
それはただ豪華で珍味な食材を使ったものより価値あるものなのかもしれない。

平凡な家庭ではごく当たり前の、『母の味』を彼は知らずに生きてきたのだろう。
そんな憶測と仮定が脳内に構築されつつあった時だ、二階から階段を降りてくる音がした。


携帯の検索画面を閉じて、すっかり見慣れた彼のもとへ向かう。


「ねえギル様、今日なに食べたい?」


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